葉佩がこの学園に来た時、冗談ではなく僕らの学校は戦場だったと黒塚は笑う。キコキコといつも手に持つガラスケースが日に照らされキラキラと輝いている。
そんな眩い黒塚にそうだねと昼飯代わりのガムを噛みながら、葉佩は慣れてしまったこの遺跡研究部室をぐるりと見渡した。南棟だということを忘れそうな静けさにある部室はカーテンを閉め切れば暗闇に落ちてしまう。壁には石、石石石。まるでホラーだと葉佩はもう一人いるらしい『石研』部員に同情した。
ここまで石が増えたのは、葉佩にも責任がある。葉佩の仕事場である墓地に最近頻繁に黒塚を連れていってしまっているからだ。石さえいればそれでいいと危ない顔で笑う黒塚は一度潜るごとに遺跡の石を大量に持ち帰る。前はポケットに詰める程度だったが、今では馬鹿みたいにデカいリュックを背負い、肥護の制服よりもぱんぱんになるまで遺跡の石を入れてほくほくと葉佩の後ろをついてくる。
しかし見掛けどおりに貧弱な黒塚はリュック(イン飽和状態の石)を背負うなんて耐えられず、すぐにへばってしまう(へばる前に歩みも鈍い)。だが黒塚がへばると一緒に連れて来たバディの取手が手伝うよと言いかねないので(取手はバスケ選手であるが同時に保健室の常連でもある)葉佩は化人を退治した帰り道だけ荷物を半分もってやることにしている。あとは自己責任、最近定例となってしまったバディ二人に葉佩は珍しくきつく言った。
自己責任なら、と黒塚がリュックを二つ持ってきた時はさすがに怒ったが(みっつじゃないところが黒塚らしい)、葉佩の手伝いもありこの部室はカビとコケ臭くなってきた。バスケ部の幽霊部員である葉佩にはあまり関係ないけれど、昼飯場として利用させて貰う身としては複雑である。
「日本の一昔まえにあったドラマのタイトルみたいだね」
「君にとっては今も戦場だろうけどね」
黒塚の言葉に毒も刺もなく、あるのはスパンとよく切れる閃光。ただ刹那の走りには眩しさも人を傷つけることのない。それは反対に黒塚が人、ひいては葉佩に一定以上の興味がないことを教えてくれる。黒塚は腕に抱くアルテミスやその周りにいるエルフ達にしか愛を渡さないのだ。人としてどうだと葉佩に詰め寄るつもりはない、葉佩にだって女神はいる。
黒塚は「詩人だね」と笑い、ガラスケースを机の上に置いた。だらしなくイスに座る黒塚を見れるのは今は葉佩しかいない。
「最近、よく此所にくるね」
喧嘩でもしたの?と簡単に繋げた黒塚に葉佩の奥歯がじゃりっと鳴った。ペパーミントのガムは舌に甘さに似た痺れを押しつける。
「黒塚、思うんだが」
「なんだい?」
学園は戦場だった。平定をのぞんだわけではないが、踏み荒らしていく内に地面は平らになっていった。しかし小さなささくれは残るもので墓荒らしの足裏を切り裂いていく。
あまりに増えすぎた味方にパワーバランスを考えてか裏切り(いや、表返り)ものが出るような。別離の足音と気付き掛けの焦燥を伴い最終回は近付いてくる。
お前に降り懸かる幸も不幸も正しいと思うなクラン・ハンバート。すべてが喪部だったらよかった、そうすればきっと。
「黒塚が敵じゃなくてよかった」
「嬉しいね、味方だと認識してくれたの?」
そうだね、と葉佩は口の中からガムを出し、紙で丁寧に包んだ。
「黒塚に銃口を向けても勝てる気がしないんだ」
「鉛玉は僕の好みじゃないからねぇ」
だから僕は君の後ろにいるよとケラケラ笑う黒曜石に、今夜すべてに終わりを告げると今決めた。
ここは戦場、出来ないことはあきらめろ。だからさよなら皆守、俺はお前を救えない。俺じゃお前を救えない。俺はお前は救わない。
「手遅れな気もするけれど」
「俺たちはヒーローじゃない」
俺"たち"って誰なんだい。まっすぐな瞳に葉佩は笑うだけ笑って、夜が明ければわかるさと言った。
これが黒塚が思い起こす限り唯一の、葉佩九龍の別れの言葉ではなかったのだろうかと、のちに桜の下で呟いた。
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