知ってるか
死神はりんごしか食べない
「で、貴方は死神なのですか」
「どうしたの、先生」
少し冗談まじりで、でも確かに本気で言った台詞を真顔で返された
常日頃からこの私が勤める月華修学院に常識を持つ人間はいないと思っていたがこうやって常識0の薬中に真顔で返されると答えるモノがある、そう私は思い、別になんでもありません、と簡潔に返答する
一方、質問を質問で返すという反則技をかました本人はぱちくり、という感じで職員室の床に地べたに体育座りをし、私の机の引出しに背中を預け此方を見上げていた
もう年は三十を越えてそろそろ四十路を迎えるというのに、その幼い仕草に私は少し面食らいため息を吐く
無論、ため息を吐こうがくしゃみをしようが、――宝生紫陽さんは私から視線を外そうとしない
いや、別にいいんだけど、今昼休みだし、いくら見詰めてもらってもまだ時間あるし
この人が昼休みに関わらず休み時間を狙って職員室にふらっとやってくるのはいつもの事だし
なんか知らないけど桔梗先生も羽月先生も他の先生ですらいないし(それは怖い)
……いや、この人が来ると職員室がガラガラになるんだけど
ふいに浮かんだ怖いけどありえる想像から逃げるように手元のテスト用紙に目を移した
しかし紫陽さんの子供のような視線に耐え切れず、私は業務用の椅子を半回転させ向き直る
紫陽さんはいつもの黒いシャツといつもの草臥れたGパンを履いていた
いつもの格好なのに、いつもの職員室なのに、紫陽さんがいるだけで異世界のワンシーンのようだと私は素直に思ったのに、紫陽さんは先生パンツ見えそう、ととんでもないことを言った
「……この前の日曜日、大学時代の友達と映画を見に行ったんです」
私はぎしぎしと痛む頭を抑えつつ言う
紫陽さんはあからさまに眉を顰めた
「男?」
「……女です、あ、映画知ってます?DEARHNOTEって奴なんですけど」
「知らない、けど行きたかったら連れてってあげたのに、葵の車で」
「あのですね、ただでさえ今日教師は色んな方面で叩かれているのに、休日に特定の生徒の父兄と出かけるだなんて、……しかも上司の車で」
「安心して、助手席に乗せるのは先生だけだよ、しかも僕一応リコンして独身だよ?」
「……それ以前に免許ないでしょう」
話がそれたことに、私は肩を竦めた
そんな私を見て紫陽さんは不機嫌な顔を戻し、また邪気のある笑みで此方を見る
無論、体育座りのまんまである
「……それで見に行ったんですよ、映画、そこで月っていう主人公がLっていう探偵に当てた手紙というかなんと言うか、暗号に書いてあったんです、『知ってるか?L、死神はりんごしか食べない』って、ま詳しい台詞は忘れちゃいましたけど」
「それでどうして僕が死神に?」
「……」
映画自体には興味はないが不思議そうに訊ねる紫陽さんに私は黙って私の机に置いてあるスーパーの袋を指差した
教科書や出席簿、雑然としているわけではないけど、考査前ゆえに少し散らかった机の上にでん!と乗ったやや大きめの白いビニルの袋
中には真っ赤な林檎がごろごろと沢山
質から見て多分販売品だろう、林檎の明確な時期は知らないけど今の時期結構高いんじゃないだろうか?と思う(それ以前に紫陽さんの御仕事はなんだろう、失踪中だしなぁ……)
今の時間帯は昼だが、別に私の御弁当というわけじゃない(というか、弁当を大切なテスト用紙や出席簿の上に置かない)
もってきたのだ、このとんでもない父兄が
いつもの邪気のある笑みを浮かべて
『あげる』
『……どうも』
別に自分を姫なんてと思うわけじゃないけど、私は紫陽さんに魔女を見た
「先生林檎は嫌い?」
少し意識を飛ばしかけた私に紫陽さんは呼びかける
私は少し悩んで、もう一度肩を竦めた
「……嫌いじゃないですけど、こんなには食べれません」
「一気に食えって言ってるわけじゃないよ、持って帰ってもいい、でもただ一口だけでいいからココで食べて」
「…またいつかの劇薬チョコですか」
「違うよ」
ふいに、紫陽さんは立ち上がり、そのまま私の机に手を伸ばし、スーパーの袋からとびきり赤い林檎を取り出した
黒いシャツから覗いた手首は白く、儚く、私のそれよりも細い
……そういえばこの人が何か食べてる所見たこと無いな、チョコ持ってし、ともゑ君も甘いもの好きだし、でもその癖2人とも細いし
昔りんごダイエットってのもあったな、まぁ林檎だけで死神なんて飛躍しすぎだけど、でも死神より性質悪いよね、紫陽さんって
「メタファー」
静かな職員室に紫陽さんの声が響く
驚いて紫陽さんを捜すと、おもいっきり目の前にいた
というか、膝に据わられていた
横座りだった
「禁断の果実、食べてもらおうと思ってね、先生」
ま、食べたのは善悪の実であって林檎じゃないんだけど
しかも女を誑かしたのは蛇なんだけど
そう言って、紫陽さんは手に持った林檎を、しゃく、と皮のまま美味しそうに齧った
「――――」
いつもの口説きにいつものように無理ですといえなかったのは
しゃくしゃくと租借する様が可愛い可愛い双子の教え子に見えたからか
微笑んだ邪悪な笑みが、ヘビースモーカーな上司に見えたからか
それでも気品あるそのたたずまいが桔梗さんに見えたからか
まぁ、知らないけど
「先生、俺を食べてくれない?」
暗喩(メタファー)にしては直球過ぎると思いつつ、差し出された真っ赤な果実に口をつけたのは、たしかに死神でもなく蛇でもなくに人に誑かされたからだ
なるほど、これは性質が悪い
「人だから人に惹かれるんだよ」
だから応えて、先生
そう言って睫毛に影を作り、ゆっくり迫ってきた甘美な唇を遮るように鳴り響いた昼休みの終わりのベルを、ありがたく思い、少し憎らしく思ったのは初めてだった
変態受けの奴がノンケの攻めを健気に大好き襲って襲ってというけど一切手を出さなくて、攻めもそんな受けを遠からず近からず思っているのがいい
と、言うだけの話(前フリ長ッ)
(脱兎)
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