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(死にかけネタ!)
(光秀には照子さんいるからいいよね!)




「私は若様さえ良ろしければいいのです」
柔らかな羽布団に包まれながら、女は喘ぐ。
月光を糧とし、陽光を跳ね返すと謳われた美貌はくすみ、白の顔は疱瘡だらけになった。
ただ運河のように流れる黒髪だけは命をそのままにし、女に対する老けた印象を一蹴にしていた。
反対に、髪と同じ色を持って居た筈の瞳は両方とも灰色に消えて行き、自身の終わりを今か今かと待って居た。
「父にも母にもばあやにもお師匠様にもずっとそう言って生きていろと言われました。私が子を持つことがあったのなら、私もまたそう教えましょう」
貴女の子なら可愛かったろうに、そう言うと、女は口許に微笑を浮かべたが、引きつるようなそれは不気味でもあった。
外の光が一つも通らないよう閉め切られた女の寝所は黴臭く、生きてる人間なんてどこにもいない気がして、私は女の手を握った。
「このような年増相手にしおらしいのですね」
以前までは、触れようものなら叩かれ、視線を合わせることすら嫌われた私に、こんなにも心を寄せる理由を私は知ってる。
嫌でもわかるのだ、女はあのうつけしか見て居ない。
「貴方にいうのは間違っていることを、私は知っていますよ光秀公。しかし私には時間がないのです。生が削られているのではなく、終わりが近付いているのです」
握った枯れ木のような手が、そっと握り返される。
思えば醜くなったものだ。
あの目は曇り、あの肌は荒れ、あの声は掠れ、あの心は腐ってしまった。
あれほどまでに私を引きつけた気高き女傑はただの女になってしまった。
美を愛でる人間ではないものの、この姿をあのうつけが見たならば、どのような顔をするのか。
絶望か、嫌悪か。
だから女は私を呼んだのだろう。
「お願いです。桃丸くん」
貴女に出会って愛を知った。報われない愛を。
恋慕も狂喜も巻き込んで、押し殺すような。その痛みと苦しさが私を生かした。
「若様を守って…」
掠れたような瞳から、一粒涙がこぼれ落ち、干からびてしまった頬に潤いを与えた。
それは止どめなく、同じ線を通り、子供のように女は泣いた。
きっと誰にも見せたことの無いような女の弱さなのだろう。
「若様が辛い時は、桃丸くんがその傷を受けて。若様が苦しい時は、桃丸くんがその毒を飲んで。若様が一分一秒でも長く生きる為に。そうすれば若様が、若様は私が居なくても」
そう言って女は瞳を伏せた。そして開ける。
睫毛は濡れたが、涙を捨てていた。
いつか見た、ひだまりの中で膝の上で眠るうつけの髪を梳くような、わからないが、私は初めてみた。
私を誘惑する気なのだ、この疱瘡面の婆は。
誇りを捨てて。
「心配で心配で仕方ないの…、私が死んだら、誰が逃げ出した若様を探すのでしょう。若様は年々隠れるのがお上手になって。若様は嫌なことがあると人にすぐお当たりになる。私が死んでしまったら、若様を宥めるの、大変でしょう?若様を幼い頃から知っているのは私だけ…、私が死んでしまったら」
貴女が死んでしまったら?
自分でも驚く程、意地悪い声が出てしまったことを私は後悔することになる。
ほら、貴女の最後の笑みが曇る。嫌悪でもない、私の言葉に心底傷ついたというように。
「馬鹿ね…」
壊れた瞳孔が私から外れ、天井へ向かう。
与えられた死に場所は、本丸から遠く離れた奥部屋で、あのうつけが訪れるのを面倒臭がりそうな位置にある。
女が選んだこの小さな部屋は、まだ女が吉法師と呼ばれていた頃に、共に寝て居た場所だという。
「若様は御困りにはならないわ。若様は強い人だもの…、私が一番知ってるのよ。若様は強いから、私が死んでも上手くやるわ。私が居なくても、なら」
ひく、と喉が動いて、女は、女は誰にも漏らしたことのない不安をつぶやいた。
「私が若様のそばに居た意味はあるの…?」
生きて。
頂点に立たない限りは、誰かのために命を尽くさなければならないような位置にいるこの様は、ひどく不確かで、支えが無ければ崩れてしまいそうな、それでいて支えて貰うくらいなら、死んでしまえばいいと思うくらい。
「お願い、お願いよ桃丸くん、若様を一瞬でも長く、長く生かしてあげて。あの子は強いけど、すごく強いから、死に一番近いの。貴方も近いから分かるわよね、貴方が墜ちるのよ。若様が、若様が死にそうになったら、貴方が代わりになるの。貴方にうんと言わせることが私の最後の仕事なの」
それは。
「私は裏切るでしょう」
「……」
「信長公を。私は貴女の願いを聞き遂げられない」
握った手のひらの力の無さは、壊れそうでも。
「では死ねませんね」
ああ。一言、言って下さればいいのに。一言死にたくないといえば、さらってあげるのに。死にたいと言っても、潔く美しく死なせてあげるのに。痛みも苦しみもなく。
こんな不毛なやり取り切り取ってあげるのに。この夜毎。
「嫌。貴方のこと嫌いだから」
狡い人。




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