そよそよと頬を撫でる生ぬるい空気に俺はゆるゆると夢から覚める
うっすらと目を開けると、太陽の光が一気に流れ込む
眉間に皺を寄せてゆっくりと起き上がると頭の中が割れ鐘のように響く
寝すぎたか、と思い空を見上げると太陽が真上にあった
どうやら昼過ぎらしい
「あ、起きタ」
そう言って、まだ覚醒し切れない俺の頭に流れ込む笑顔は、生ぬるい空気を作り出す太陽より輝いて見えた
「駄目なのは外で寝る事じゃなくテその行為なんだよネ、まだ寒いのは春になったバかりだかラ、野犬が出るのもこんな野原だヨ?」
「テメェには関係ねーよ」
「寂しいと感じるのはその言葉ネ、座長モ雇うって言ってる理由はあっくんに才能があるからだヨ」
「見世物小屋で何をしろっていってんだ、興味もねぇよ」
「出来るのはあっくんだからネ!誘導するのがお客様だけでもいいんだよ!」
ぶうう、と音が出そうなほど薄紅色の頬を膨らませ、もう一度寝っ転がった俺の上にソイツは乗っかる
俺の腹にどす!と音を立てて座るが大して痛みや衝撃を感じない
軽すぎるのだ、コイツが
「で、結局お前は何しにきたんだ」
「あ、そウだ!見て欲しいのはこの着物ネ!」
そうソイツは言って、自分の着物の袖口を握り、ふわふわと中に泳がす
……ああ
いつもと雰囲気が違うと思ったら、着物が違ったのか
そういえば今日の着物は薄桃色だ
いつもは若葉色のを大事そうに着ているのに
ま、どうでもいい
……似合っているなんて思っていない
「似合ウ?」
「……まあな」
「嬉しい!あっくん大好き!」
「………」
きゃいきゃいと、そこらへんの町に屯って居るような女共のように喜ぶ
一つに縛られた髪が揺れる
そして、黒の瞳も
――覚えておらんらしいねん、昔の事、全部
いつの日かは忘れたが、ボサ髪の伊達眼鏡野郎がそのふざけた顔を思いっきり曇らせて言った言葉を思い出す
――俺ら一座と同じ、上方の生まれらしいんやけどな、両親もおらんし、知り合いもおらん、出会った頃からあんな風に言葉もおかしいし、話の中身も滅茶苦茶やねん
俺が、大切な人だとコイツが言ったから、と
そう言ってボサ髪は俺を信用するように言った
――医者に見せたらなんや、頭の中が傷付けられてるーゆうてな、俺らと出会った時はもっと酷かったんやけど、ボロボロで捨てられててん、アイツ
まるで、俺とコイツが出会って日のようだ、それは、と俺は自嘲したのを覚えている
ボサ髪は続けた
――だから、あんま傷付けんといてやって、俺らはまだ江戸にいるさかい、その間だけ、その間だけ
「あっくん?」
「……あ?何だ」
「ついている桜の花びらは鼻の上!とルヨ」
「ああ……」
黒く、長い髪
黒曜の瞳
薄桃色の着物から伸びる腕と脚は限りなく細く、頼りない
その下に眠る様々な傷痕は何を意味するのか
「あっくん?」
「何だ」
「寝るのはまたか?」
「お前は、どうすんだ」
「傍に居るのはあっくんだから?あれ?あっくんなのでそばにいる?」
「……勝手にしろ」
「うん、頼まれたし優紀ちゃんに」
「………」
「冗談」
「ケ……ッ」
そよそよと、春風が流れる
甘い香り、柔らかな光、過去を隠した笑顔
この腕で守れるか
江戸に居る間、否、これからもずっと
そんな馬鹿みたいな考えを飛ばして、俺は瞳を閉じた
今腕に抱く感覚、それだけを確かめて
瞳を閉じても君が居る
その春を味わいながら、また俺はここで眠る
.
PR