はぁ?何でんな事聞いてんだよ
別にいいだろ?てゆーか何で知りたいんだよ、アイツの料理好きはいつものことだろ?今日特別に飯作るってわけじゃねーしな
あ?出会った時の事だぁ?
あのクソババァが俺を岩の下敷きにして、そっから出したのがアイツで……、うるせーぞ八戒、別に俺がババァをババァと呼ぼうがどうしようが俺の勝手だ、テメーには関係ねぇ
ぎゃああああああ!……て、テメェ!さっきまでいなかった癖にいきなり寄って来て、人の頭、クッ!!ふ、ふざ……、けんな!!
おい悟浄………アイツ、行ったか?
まったく、話に興味ねー癖していきなり現れてんじゃねーよ
あ゛?……話が進まないだぁ?
テメーがいきなりアイツを呼んだからだろ八戒!!って、人の話は最後まで聞きやがれ!!何処行くんだ!!
……いっつもアイツの尻ばっか追いかけやがって、……付き合ってらんねーぜ
ああ……、わかってる悟浄、話せばいいんだろ、話せば
ったく、テメーがいきなり聞いてくるから……、わかった、わかったからそんなに謝んな、またアイツがワッカ絞めてくるだろうが
……俺が、あのババァに岩の下敷きにされて500年
はっきりって499年間何があったかは覚えてねーよ
残りの1年間もあやふやだ、というか変わり映えしない毎日だったから仕方ねぇよ
毎日毎日太陽が昇って降りて、月が出て、星が出て、また太陽が出る頃には月も星も消えて、たまに雨が降って、温かくなる頃には花が咲いて、暑くなったら蝉が鳴く、涼しくなったら落ち葉落ちて、寒くなったら雪が降る
……あ゛?――まぁ、そんな事を思い出したのは最近だ
あの時は花も蝉も葉も雪も知らなかったしな、……別にどーでもいいだろ、そんな事
……山がある場所も辺鄙で、俺がいたのはその奥の奥の誰も寄り付かない場所だ
別にそれを教える奴もいなかったし、俺はずっとそこで岩に押しつぶされていた
……ンな事教えてもらいたいとも思わねぇよ、ただあのババアに腹が立って腹が立って仕方なかったからな
チッ、うだうだ言ってたらまた腹が立ってきた
………わかったわかった、話を戻す
俺があのババアに岩の下敷きにされてきっかり500年
無茶苦茶さみー雪の日だ、……あ゛?確かに俺は寒さなんてさして感じねぇが……、別に良いだろう、そのくらい
その日の俺の耳に、いつもの雪の落ちる音の他に、足音が聞こえてきた
……足音だぜ?足音
辺鄙で誰もよりつかねー山の奥の奥にだぜ?、俺は生まれて初めて自分を疑ったな、しかもこんな大雪の日に山登りなんて自殺志願の奴もしない荒業だぜ?
それの馬鹿がアイツだ、あそこで宿屋の女を口説いている破戒僧
いっつもあのオレンジ頭に「女人禁制」だなんだ言ってるくせに自分は出会う女出会う女片っ端から口説きやがってなまじ顔がいいから……、わかった、わかった、話を進めればいいんだろ
……俺は足音を聞いていた、あの寒い岩の下でな、……別に呼んだわけじゃねーよ、ただの人間にこの岩が退かせられるとは思わなかったからな
騒ぎになるのも面倒だ、俺はただ足音だけを聞いていた
すぐ去ると思ってた、でもアイツはこっちに来た
コッチに来て、俺の目の前で足を止めて、しゃがみこんだ
雪の日だ、やたら回りが灰色でアイツの顔は逆光で見えなかった
俺は……、別にビビってたわけじゃねぇ!ただ、アイツが何を言うか待っていただけだ!
そんな風に勿体付けてまでアイツは何を言ったかわかるか?
「死ぬほど寒いねぇ、ここ……、突然だけどキミ、天竺どこか知らない?」だぜ?
はぁ?と俺は返した、……そういえば久しぶりに出した声だったな、あ゛?……100年くらいで飽きたんだよ、ババアの悪口いうのはな、今はいくらでも言えるぜ
で、アイツは「天竺目指してるんだけど、道に迷ったんだ」と言いやがった
……俺は頭痛がした、頭痛がしたのは初めてだった、俺を悩ませる相手なんて500年前には存在しなかったからな
俺は、「天竺がどこにあるか知らねぇが、ここじゃねぇよ」……それに、こんな場所誰も通らねぇよ、と思ったな
そしたらアイツ「だったら、何でアンタここにいるの」って言いやがった
俺は簡単に「押しつぶされてんだよ」と言った、……はっきりいって頭痛が物凄かった、説明もめんどくさかった、さっさと帰れと思った
そしたらあの破戒僧、手を伸ばして俺の頬を持って俺の顔を上げた……無理やりな、下敷きにされてんだから首あがらねーって言うのに
俺はあの時の俺の首が出したありえねぇ音を忘れねぇ……
まぁ、その時アイツが俺の方に顔を近づけたらあいつの顔と、髪と服装がわかった
ちゃんと見えたのは真っ黒な髪と真っ黒な目だけだがな、まぁいい
「出してやろうか?」アイツは言った
俺は驚いたが、すぐに諦めた
俺の顔を上げた両手は細かったし、人間にどうこう出来る大きさの岩じゃねぇ、その程度だったら俺がとっくに逃げ出している
「そのかわり、私を天竺に連れて行け、いや、私のかわりに地図を見て、私を天竺に導け、地理は苦手なんだ」とアイツは言った
俺は出来るなら、やってやると答えた、本気じゃねぇぞ!首も痛かったし、さっさと諦めて帰ってほしかったんだよ!勘違いすんじゃねぇぞ!
……それから、そう言ったらアイツは「成立だ」と笑って、……アイツの顔が見えた初めてがそれだ
無茶苦茶綺麗な笑顔で、無茶苦茶邪悪だった、……ババアを久しぶりに思い出すような笑みだった
別に誉めてねーよ、いちいちうっせぇぞ、悟浄、テメェが聞きてェっつんだんだから最後まで黙ってろ
……そっから、手が離れて、俺は首を下ろして、それから―――――、いつのまにか俺は岩の下じゃなくアイツの傍の傍にいた
あ゛あ゛?大切なトコが抜けてるだぁ?
仕方ねーだろ、覚えてねーんだからな、俺がどうやって岩から出たなんてな
岩が砕けたか、割れたか、消えたか、したんだろう、あの破戒僧だったらそのくらいできっだろ
まぁ……アイツと最初の記憶は結構地味だった、目が覚めた俺はベッドに寝ていて、起きたらアイツがいた
それから、起きた俺に気付いて、これからよろしく、とまた手を伸ばしてきた、おっそろしく冷たかったな、あの手は、お陰でいっきに目が覚めた
――そっからだ、俺の意識がはっきりしてきたのも、記憶が頭に残るようになった
冬が寒くて、雪が冷たくて、それが融けたら春になって、花が咲くって判ったしな
時間の流れを感じるようになったのし、人間は意外と脆いっつーのもわかった、そんとき食ったアイツの手づくりの飯は500年間で一番美味かった事もな……あと、無茶苦茶な方向音痴で女好きでドカ食いのわがまま矛盾の破戒僧の存在もより深く知った、ババアより性質悪ィぜ?あの破戒僧
……あ゛?何で傍にいるってか?
仕方ねーだろ、約束したんだからな、……というか俺がいねーとアイツどこいくかわかんねぇだろうしな
天竺に連れてってやんだよ、借りは返す主義だ
丁度今日がアイツと俺の出会った日だな、……だからアイツ、飯作るなんて言い出しやがったのか
そもそも何で覚えてるかって?
仕方ねぇだろ、あんな俺の生きている時間で一番濃くて鮮烈で強烈で馬鹿みたいに現実的で、全てが始まった日の事だ
忘れたくても忘れられねーよ、記憶の奥の奥にへばりついているアイツとの初めての記憶だしな
……こんくらいでいいだろ、悟浄
話し疲れた、休ませろ
……そういえばアイツ、何してんださっきから、また女口説いて宿屋の金を浮かせようとしてるのか?
どうでもいい、俺は寝る、……ああ、その花には触んな、触ったら殺す
あ゛?その花はな……咲いてたんだよ、宿屋のトコにな、ふもとでは冬はすっかり終わっていたらしいしアイツが好きだって言った花だ、この日くらいいいだろ、別に
……別にそーゆーのじゃねぇ、変な勘ぐりいれんな
俺は寝る、飯まで起こすな……って、アイツ何処行きやがる?あ?買い物?一人で行くのか?待て!なんで路地を通る!そっちは市場じゃねェ!!悟浄!八戒はどうした?……また別の女口説いてる!?待てテメェ!一人で行ったらまた迷うだろ!悟浄留守番してろ!先に行くな!!待て!そっちは川だ……って落ちてんじゃねー!!
「……あーあ、悟空先輩行っちゃったです」
「いいじゃん、悟浄君、あれだけ聞けたら」
「あれ、八戒さん戻ったですか?」
「知ってたくせに」
「それにしても、――悟空って本当にお師匠様が好きなんだねぇ」
「はいです、今まで時間を感じないとかいいながら出会った日が500年後ということだけを知っていたり、出会った時の事、台詞を一字一句言えたり、わざわざこっちに咲かない桜をそこまで取りに帰ったり……」
「むかつくー、はラ立つー、俺だってすきなのにー」
「八戒先輩が出る幕じゃありませんね、諦めたらどうです?」
「えーでもなぁ」
「あのめんどくさがり屋のお師匠様が悟空先輩の好きな晩ご飯を作るんですから、相思相愛なんですよ、あの二人」
「……この花、捨ててやろうかな」
「やめといた方がいいですよ、お師匠様、怒ると恐いです」
「ちぇ」
山吹西遊記夢
楽しいのは何故だろう
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