「……あれ」
3度目のT字路に遭遇した俺は首をかしげた
しかし首を傾げてみてもT字路が一方通行になり、その道がランに続くわけではない
ふぅ、と疲れをため息に乗せてみれば肩に下げたカメラ機材と鞄がずれる
俺はとりあえずそれらを肩に掛け直した
……太陽学園はこんなに広くなかったような気がするんだが
そんな事を呟いてさり気なく助けてアピールをしようと思ったが、周りには生徒も先生も業者さんも居ない
遠回り過ぎただろうか、まぁ周りに誰もいないのだからこんな小さなSOS誰だって見逃すだろう、俺だって見逃す
それにしてもここは埃臭いしかび臭い
俺が入学した年には新校舎が設立されて使われなくなったとは言え、倉庫ぐらいには使われているだろうに
それに夕日が高いのに薄暗い、……だからカビが増えるんだ、と俺は廊下の面積を圧迫するように備え付けられたダンボールを蹴った、勿論舞う埃
これなら幽霊が出るという噂が立ってもおかしくは無い、そういえば去年の夏にランに戦時中の軍曹だか将校だかの幽霊が出るからと付き合わされたような気もする
しかしあの時は夜だったし、なんにせよ去年の事だ
過去は振り返らない、……だから振られたことも流すことにしよう、うん
とりあえず、場所は何故か旧校舎、本日3度目のT字路、ランと逸れてしまって現在
やっぱカッコ悪いかな、校舎内で迷子なんて
俺は呟いて、振り返った
「……カッコ悪いだろう、それは」
目の前に、赤軍服の幽霊がいた
◆3毒番外~少年は少女に恋をする~◆
「考え事をしていたら置いていかれた」
貴様はそういうのだな
そう言って赤軍服の幽霊――、もとい忌野雹君は呟いた
男にしては珍しい白い長髪を蘭のより高い位置でポニーティルにして(何故か似合っちゃうから不思議だ)服装は赤い軍服
一見何時代の幽霊かと悩むが実は現代人で生きているらしい
……喋り方も時代錯誤っぽいんだけど、まぁそれも個性だろう
そう思って、俺はこしに下げてある刀には目を向けないようにした
きっと触れてはいけない甘酸っぱい何かなんだろう(違)
こんな旧校舎に居る理由と同じように、多分、聞いちゃいけない(俺と迷子でもないだろう)
出口に案内してくれるんだから、聞いちゃいけない
……実は悪霊というオチであの世に引きずり込もうとしている、なんてないだろうな
色んな考えが頭に巡るが、めんどくさいので考えない事にして軽く頷いた
「……まぁ、そんな感じ」
「しかし貴様が連れと逸れた言っている南階段からここの旧校舎はかなりかけ離れているぞ」
「……方向音痴、らしくて、俺は」
「自覚していないのか」
「………すみません」
「妙な奴だ」
ふ、と忌野君は小さく笑う
こつこつと歩くスピードは変わらないのに、とても自然な笑みは俺の記憶い張り付く
そして出てくるランのあの少し含んだ感じの笑み
忌野君の方が俺より少しだけ背が高く、そしてがっしりとした体つきなのにランより笑顔が綺麗だと思った
忌野君男なのに(顔は凄く美人、うちのクラスの美少年を思い出す)
「貴様も難儀だな、連れが目の前から消えるなど」
「……ああ、その、考え事してた俺が悪いんです、その、何と言うか何度も注意されたのに、その」
「何だ」
「………すいません、俺、こんなに喋る事になれて、なくて、グダグダで」
「――いや、私もそれ程得意ではない、こんなに喋るようになったのは最近だ」
「……そうですか」
「似ているな、置いていかれる所といい話下手な所といい」
「……似て、ます?」
「かもしれん」
俺は忌野君の横顔を見た
面白そうだった
……うーん、やはり美人の考える事はよく判らない
と、俺はあることに気付いた
「……忌野君も置いていかれたのか?」
「ああ、置いていかれた」
「………酷い奴だな、こんな所に忌野君を置いていくなんて」
「フ、いや、ここに置いていかれたわけではないさ、しかし、置いていかれた」
だからこうやって捜している、と忌野君はそう言った
……こんな所じゃなくてもっと捜す場所があるんじゃないか?
俺はそう思ったがまぁ人には考えがあるんだろう
……そういえば忌野君、見たことが無いが太陽の学生なのだろうか
見た目は大人っぽいし、後輩って事はないだろう
しかしこんな先輩は見たことがない、同年代としても、いくら規則が緩い太陽でもこんな制服革命は隼人先生あたりが許しそうも無いし、赤の軍服姿の美形ならいくら俺でも忘れそうに無い
しかし太陽の学生じゃなければ、太陽の学生でもあまり来ない旧校舎に何故足を踏み入れているのか
昔から美形と謎はワンセットというか、……謎は深まる
「……捜しているのか、置いてかれたのに」
「ああ、というか置いてかれたというより逃げられたというのが表現に正しい」
「………追いかけているのか」
「ああ、逃がすつもりは毛頭ない」
ぎらん、忌野君の茶色(そういえばランと同じ色だ)が光る
俺は一瞬寒気がしたが、忌野君が言った「逃がさない」と言う言葉に引かれた
逃がさない
ずっと追いかけた背中を
自分の中心を
もう、届かないのに
「……忌野君は好きな子、いる?」
何を話しているんだ、と俺は思った
いつも喋りなれていないからか、少し喋っただけで口が軽くなるようだ
忘れてくれ、そう俺は言おうと忌野君の方を向いた
忌野君は瞳を大きく開けていた
もっと言うと、なんか、驚いているようだ
……まぁ驚くわな、初対面の男に恋愛経験(?)を聞かれるなんて
とりあえず、忌野君がこの質問を無視してくれることを願って出口まで歩くことにしよう
「………まぁ、いる」
答えてしまった
こっちが質問してしまったから無視は出来ない、俺は忌野君の方を見る
薄闇だから見えにくいが少し頬が上気しているようだ、ついでに先ほどまで纏っていた威圧感が消えている
忌野君は俺のじろじろとした視線に気付いたのか、咳を一つして、平静を取り戻した(つもりだろうか、今でも動揺している)
「いや、好きというか、ただ好むというか、……その、よくわからんが、大切な奴だ」
「……」
「思えば変な奴だがな、あけすけなく物を言う癖にへっぴり腰で……、いつまで経っても読めない奴だ、こうと言われて並べられる句が思いつかない」
「………変な奴、好きになったんだ」
「……かもな」
いつのまにか俺も自然に笑っていた
……おかしいな、あんまり笑う事ないのに
忌野君、威圧感はあるが優しい性格なのだろうか
うちのクラスの美少年はあんなに冷たいのに、世の中には色んな不思議な人がいる
「……俺も好きな子はいた」
「逃げられたのか」
「……振られた」
「――」
「……片思いで、一週間前に振られた」
「――そうか」
「………大切で、大好きだった、だから一緒にいたくて、でも触れられなかった」
「難儀だな」
「………そしたら、相手に好きな人が出来た」
「勝てないのか」
「……その人は、カッコよくて、頭も良くて、友達もいて、それから沢山俺に持っていないものがある」
「そうか」
「……そんな事考えてたら、置いてかれた」
好きだった
本当に本当に好きだった
明るい笑顔も大きな笑い声も、親父臭いところもあるが、ロマンティックなものが大好きで去年の文化祭のラストを彩ったキャンプファイアーに引っ張って連れて行かれた
……そういえば去年のバレンタイン義理と大きく念押しされてもらったチョコに、言われたとおり十倍返しで高機能デジタルカメラを上げたのだが、何とも微妙な顔をされた
置いといて、写真にかける情熱は誰よりも強く、周りを顧みないように見えれるがホントは誰よりも優しく、少し傷つきやすい面もある
そんな強さも弱さも固さも脆さも全部全部全部好きだった
誰にも渡したくない
これだけは、誰にも譲る気はない
今でも、ちゃんと言える
「だったら、言えばいいだろう」
忌野君は何てことなく言った
……いえないから片思いなのに
俺は忌野君の横顔をみた
いつのまにか此方を見ていて俺を馬鹿にしていた
「言いたいことがあるなら言えばいい、したいことがあるならすればいい、全て引っ込めて逃げるよりは、格好はつくだろう」
「……」
「愛情の行き過ぎは拷問と犯罪だが、そこまで相手を想えているのなら、相手のことを考えてられるのなら、思いの端くらいを伝えても悪い結末にはならんだろうよ
「………」
「譲る気はないのだろう?」
私もない、そう言った忌野君はとてもきれいだった
綺麗で、綺麗で、本当に綺麗
この薄闇の果てに見えるオレンジの光に照らされて本当に綺麗に見えた
「……逃がす気はないのか、忌野君は」
「ああ、だからココまで来ている」
「……俺は、逃げたいのに」
「逃げられた奴の気分を考えろ、――最悪だ」
「……もう間に合わない」
「走ればいい、全力で此方を振り向かせればいい」
「………意外とアクティブ」
「そうでもしないとアイツは戻ってこん」
忌野君は重々しくため息を吐いた
俺はおかしくなって笑った
オレンジの光が強くなる
出口は近い
「ふ、……少しガラもなく喋りすぎたようだな」
「……ん、俺もこんなに喋ったの久しぶりだ、……おかげで喉が痛い」
「そうか、……この場所からかもしれんな」
「……」
「丁度この旧校舎で、アイツも迷っていた」
私とアイツが初めて出会った場所だ、ここは
そのときの忌野君の表情は見えなかった
オレンジの光が強力で、見えなかった
出口にたどり着いたのだ
「……出口」
「そうだな、――ん?」
旧校舎から一歩出て、鉤型に本校舎へと繋がる渡り廊下に人の塊――5人だろうか
まだ光になれない目に一番に映るのは白い学ラン、――多分、鑑君
そしてその差し向かいに立つ少女
黒髪のポニーティル、カチューシャ代わりのオレンジサングラス
新聞部のベスト、赤い腕章
ひびき蘭が、そこにいる
「……ら」
愛しい幼馴染を呼びかけようとして、時が止まる
遠めに見える、あの茶色が混じったタレ目が腫れていたのだ
目元も真っ赤
鼻の頭も赤い
そうこうしてるうちにまたポロリ、とこぼれる
間違いない、あの気丈なランが泣いている
俺でさえあの日以来見たことがないランの涙が其処にある
ランの向いには白い学ラン、鑑恭介
――鑑君だから諦めたわけじゃない
――ランが選んだから、諦めたんだ
――鑑君なら、じゃない
――誰だって
「ランを泣かす奴は許さん」
そんな訳で、まぁ、頭に血が上っていたのだろう
忌野君が背中を押してくれたわけではない、でも許せない
ランが好きだ
ランが大好きだ
だから、普通考えれば判る事だ
ランの向いに鑑君が居ても鑑君がランを泣かすとは限らないし、どちらかと言うとかランの方が鑑君を日々泣かせている(色んな手を使って)
それに、周りに鑑君以外3人いる(後でわかったのだが、一文字君、うちのクラスの美少年、絶叫男君)
そう思えば、品行方正で風紀委員長な鑑君がランを泣かせる確率はとても低いのだが
ランの涙に、考えが追いつかなかった
そんな訳で
「きょ、恭介ェ!!??」
その名の通り叫ぶ、絶叫君
珍しく、というかかなりレアに驚いた顔の美少年
あんぐりと口を開けた一文字君
忌野君は、後ろに居たので見えないけど、驚いているだろう
ランは知らない
俺が見ていたのは、俺に殴られて吹っ飛ぶ鑑恭介だけだ
「……まぁ、これが俺に出来る精一杯のアピール」
「遠回り過ぎだ」
忌野君に突っ込まれる夕日の中、まだまだ続く放課後
エーススプーカー、熱血少年、毒蜘蛛、絶叫男はまだ叫んでいる
風紀委員長を殴(り飛ばしてしま)ってこれからの学園生活ピンチな失恋男が一人
とりあえず、これも青春と銘打って流してしまおう
「……ついでに逃げていい?」
「カッコ悪いだろう、それも」
そんな訳で、以下次号
待ちたい奴は待ってくれ
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