重いくもないが、軽くも無い荷物を両手に握り締めて
誕生日だから!!と叔母に連れまわれたデパートから帰宅後
聞こえてきたのは、義弟の悲鳴と右腕の狂ったような笑い声だった
「……って事らしいよ、兄さん」
「―――」
あいつ等には羞恥はないのか
◆毒・どく・毒 in『z』ver.sideβ◆
最近、何がそんなに楽しいのか、DNAの約半分を共有する双子の弟、恭介はよく笑う
例えば食事をしているとき、例えば伐と共にいる時、例えば今でさえ、微笑を顔面に貼り付けて恭介は笑う
別に笑顔が悪いだけじゃない
封じ込めた過去が過去だっただけに、今感情をあらわにさせることがどれだけ良い事なのかあの右腕に切々と語ってもらったことも記憶に新しい
しかし、自分と瓜二つ(周りは似ていないというが)な弟がふにゃあとフ抜けた顔をするのはいただけない
雹は明らかに眉を顰めながら弟に先ほどの質問に「何が」とだけ言って、両手を引きちぎらんばかりの大量の紙袋を玄関に置いた
「聞こえないの?兄さんの右腕君の声」
「聞こえている」
「そうだね、あんなに大きい声だもの」
ちなみに疲れを知らない叔母は息子の悲鳴など無視して、キッチンの方へ走って行った
可愛いー!!これにする!!と、誕生日なのに一切自分や恭介に任せることなく一人で決めたバースディケーキを冷やしに行ったのだろう
あの人には逆らうまい、と心に誓って雹は何時までたっても玄関から動かない恭介を見て首をかしげてみた
「あがらないのか」
「あ、うん、でも、もうちょっと伐にね、ホラ右腕君、意外と力強いじゃない、もうちょっと八つ当ってもらわないとコッチがピンチ」
「――」
「兄さん、そんな泣きそうな顔しないでよ、重いため息も吐かない吐かない」
「……恭介」
「なあに?」
誰が泣きそうな顔をしている、と雹は続けようとしたが、止めた
義弟になったばかりの伐には悪いが、あの飄々とした奴がここまで聞こえるほど猛り狂っているならこちらとも相手をしたくない
今日は、誕生日なのだ
「どこで、そんな蟻の巣に熱湯を注ぐ子供のような顔を覚えた」
「いいじゃない、それに、暴れまくって雫さんに怒られる右腕君を兄さんが慰めればいい、そしたらきっと、ネ」
「……恭介、男と男では子は作れん」
「作りたいの?右腕君と」
「……おい」
「さっさとくっついたらいいのに」
「勘弁してくれ」
雹はこめかみを抑えた
同じ血統、同じDNA、双子というディープな関係にあるはずの弟の思考を雹は最近読み取れないで居る
自分から離反した、その訳は最近理解できるようになった、―――まだ友情や信頼の類の理解は出来ないが、それでも、うっすらと判るようになった
しかし
何かにつけて、自分の右腕(だといいと思っている男)と自分を性的関係にしたがるのだ、御互い男なのに
「顔が嫌がっていないのは何で兄さん」
「元からだ」
「元から嫌がってないんだ、そうか」
「………」
「でも、その場合どっちがどっちなんだろうね、兄さんがタチ?ネコ?」
「太陽に行ってから気が触れたか、恭介」
「ああ、毎日が楽しくてね、狂ってしまいそう」
「簡単に言ってくれるな」
仮にも同じ顔で、狂っていると言わないでくれ
此方も狂って見える
ズキズキと痛むこめかみを抑えて恭介を見る
とても、いい笑顔をしていた
「兄さんは狂わないの?こんなに楽しくて」
たしかに
たしかに、と思う
自分を、あの世界にいた自分を、誕生日など祝ってくれると人物がいるなんて去年まで思わなかった
もしも居たとしても分もそれを必要しなかっただろう
ソレなのに、今でさえ何度言っただろ『誕生日』という言葉を
狂っているのかもしれない
この平和と、幸せに
「気なら触れている、あの役立たずに傍に居ろと言った瞬間からな」
たった一人だった
たった一人で、敗北した私に、最後まで残った男
縋りたかった、―――今を思えば赤面もので、死にきれないものだが
それでも、私は馬鹿げた顔でこちらを見ていた、登場人物紹介からも外されるような影の薄い男に願ったのだ
傍に、いてくれと
「――」
「……黙ってくれるな、恭介」
「恥ずかしくない?」
「今の貴様の程にな」
「愛してる?」
「さあな」
「じゃ、好き?」
「どう違う」
「さぁ」
拾ってみて判ったが、アイツは役立たずだ
仕事は出来ない、書類は脱字と誤字ばかり、正しい情報も間違った情報も垂れ流す
女に弱い、酒にも弱い(未成年の癖に飲みたがりだ)、唯一の特技は御手玉だったりする
しかし事だ遊びだが、手玉にとるのが上手いのか、あの霧嶋九朗でさえ、アイツに懐き始めている
「……」
「………」
「……今包丁が飛んでこなかったか?」
「さっきは雷蔵校長が飛んでいったね、大丈夫かな」
「どっちが飛ばしたのか……」
「右腕君に決まってるでしょ」
「……止めるか」
「そんな顔で?」
「………」
「………」
いつだろうか、あれが離れて行くのは
私の言葉があれにとって意味をもたなくなり、消えて行くのは
それを、恐れている
あれが全てを捨てて、此方に来た理由は未だにわからない
気まぐれだといい
気まぐれに、ずっと傍にいればいい
こんな下らないことを考えるとは
やはり狂っているのは、私のほうだ
「もう、少し」
「………」
「後少し、聞いていたい、安心する」
「……右腕君が自分を襲うことがない事に?右腕君が傍にいることに?」
「どちらに変わりはあるか?」
「そう思ってるだけで末期だと思う」
誰が溶かしたか、その凍てつく光を
誰が殺したか、心に潜む獣を
誰が抜いたか、言葉の刺を
誰が消したか、一人の傷み
それはまさに、毒のように
日々、犯されていく
周りが急かすほどに
「フフ、じゃ、さっさと上がって休もうか兄さん」
「ああ」
「夜までに体力残しておかないとね、それとも、体力を削っといた方がいいのかな」
「………やはり、太陽に行ってから変わったな、恭介」
「じれったいのは好きじゃないんだよ、それを同じ顔でやられたら…」
「……恭介?」
「いいさ、じゃ、そろそろ止めに入ろうか」
「――ああ」
気まぐれな君と平凡な日常を
――少しだけ、近くに
日々を変える君に、温かな毎日を
――君を、傍に
end
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