(どっこいオレンジ君(ジェレミア)の過去を捏造)
(スザルル→ジェレミアっぽい)
どんなに身を焼尽くす激情も哀傷も、時間が過ぎ去れば自身、平素と変わりない。――そんな事に気付いたのは、姉を亡くして一年が経った頃だろうか。彼女は私が5つの時にテロに巻き込まれ亡くなった。
彼女の葬式の最中、私は叫ぶように泣いた。父にみっともないと叱られたが、母は優しく抱いてくれたのでそれも存分に。たしか妹はまだ乳飲み子だったので、私以外に響いた声は思い出の中にはない。きっと幼い自分は葬儀の中一番五月蠅かったのだろう。
いつまで泣いたかは覚えてないが、一年は持たなかった。思い出さなくてはならない程遠くにある哀惜を、幼い私がずっと持ち続けられたわけがない。年を重ね、V.V.に体と頭を弄られ、帝国から離れた今は、姉だけでなく妹や父母の顔すらわからない。
しかし、――自分が育ったように――、幼くいられなかった日々を経て、感情が凝固してしまった主君を私は見つめた。
唯一のよりどころで支えであった妹君のナナリー様を失い、一ヵ月の失踪後に現れた主君は頂点に居る。
マリアンヌ皇妃の美貌を一番に受け継いだ器量は冷たく、皇帝陛下の紫電は嘲笑と共に世界を見下したが、私は歓喜した。
副指令である扇からはゼロの死亡が伝えられ、その挙動不信さから生存を疑っていたが真実だったとは。
本当ならばあの狭く男臭い場所になど居てはいけないような貴い方を追放したと言った扇の顔に一発打ち込めて良かったと私は思う。あと二三は入れないと気がすまなかったが、血相を変えたヴィレッタが扇をかばった為断念した。
臣下である私が何度扇を殴っても主が受けた屈辱が和らぐわけではない。主が追い立てられている時に何も出来なかったジェレミア・ゴットバルトは無力なのだ。
サザーランドジークで辿り着いた玉座に我が君はとても疲れた顔で座っていた。主の騎士だという枢木スザクもいなかったが、これが愛すべき我が君の真実なのだと気付いた。
我が君が本当の自分を隠される為に幾重にも重ねられた仮面を打ち砕くのは己ではないと知っていたが、と私は小さく笑った。
「不満か?」
私がくたびれたような我が君、――ルルーシュ様を見やると、ルルーシュ様も私に気付いたらしく薄く笑みを浮かべて下さった。それは嘲笑にも似て居る。
以前なら振り向くだけで薔薇が咲いたように艶やかに輝いたのに、その美しさがごそっと萎えてしまわれた。それでも魅力的ではあるが、――お労しい。己の不在にどれだけの辛酸を舐め、しなくていい苦労したのだろう。私はいつまで経っても無力で無能だ。
己の不甲斐なさに歯がみしていると、ルルーシュ様は少しどもるように言葉を繋げた。
「スザクを……ナイトオブゼロにした事を」
お前は怒っているか。
「何をおっしゃるかと思えば」
こちらも事情が事情なのでよくは知らないが、ゼロの尊大な態度とは裏腹に、ルルーシュ様にはいつも何処か謙虚な部分があった。
謙虚は美徳だというのがイレブン共の文化であるが、ルルーシュ様はそのような身分ではないし、そんなことしなくてもいいのだ。しかもそれを従僕たる私に向けるなど、あってはならない。
それに、枢木スザクはナンバーズ出身ながら優秀過ぎる程に優秀な人物だ。戦闘技術の結晶であるナイトメアに乗り、主君が歩む王道に立ちふさがれるものを砕くことが出来る。萎えたその側に寄り添い、苦悩を分かち合えることも。
あれ程までに主君が求め続けた才能に嫉妬はないと言えないが、私は私が出来ることをするまでだ。側を離れたとて、誓う忠義に変わりはない。
誇るように常套句に乗せてその旨を伝えれば、主の美しい顔は瞬く間にゆがんでいった。
「違う、違うんだ」
ジェレミア。気怠げに首を振る主君は苦しそうにこちらを見る。ゆっくりと伸ばされた手に、立上がり、歩を進めて足下に跪く。恭しく触れる許可を取り、世界を掴むには細い指を出来るだけ優しく取った。
私は全てを失った。マリアンヌ様をお守り出来なかった罪に始まり、皆がうらやんだ騎士道から転落し、もう貴族でもなくなった。体に流れる半分はオイルで出来ており、関節が起動音を上げて私の歩を進める。もう瞳の片方は景色を正しく映さないだろう。
しかしこれは、主の、ルルーシュ様の側にいる為に必要な事ならば。微力ながらもルルーシュ様の力となり、ルルーシュ様の明日を手伝うことが出来るのなら悔いはないのに。
「ルルーシュ様……?」
至高の手。指先から、内に流れる血まで下賤たる私とは違う隔絶された存在。誇っていいのだ。自分の生まれを、その貴さを、貴方は主なのだから。
それなのに、ルルーシュ様は何かの痛みにでも耐えるように呟いた。
「お前はいつでも逃げていいんだ」
今よりもっと、早く時間が過ぎればいい。
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