(こーりんとまりさ)
(プレイした事もない、設定画集もない=色々捏造)
(それにしてこの作者、ノリノリである)
昔から、途方もない昔からすぐに朽ちてしまうものが嫌いだった。年月を重ね老いるように軋み崩れていくものと違い、目を離した空きに盛りを終えてしまうものがいやだ。花がいい例で、美しく咲き誇った大輪が茶褐色に色を変えて萎れる様は好きではない。
――じゃあ兄は醜いものが嫌いなのだな。
大切な少女が言う。霖之助は、違いますよ。と答える。
妖怪と人間の血が混ざり合う体は確かに霖之助に不老を与えてくれるが、自分の肉が美であるとは考えない。むしろこれこそ醜いものだと心の中で霖之助はつぶやく。
なら兄は何が嫌い。
――僕は、
「よお邪魔するぜ」
かくんと落ちる首に、香霖堂店主・森近霖之助は突如世界に引き戻された。かすむ目からずれた眼鏡を指先で押し上げ、膝の上に乗せたままの本の内容がまだ序盤ということを確認して、――寝てたのか。と頭を掻く。
閑古鳥が元気に鳴く香霖堂とはいえ、唯一の従業員が昼寝なんてしてはいけない。
商品が置いてあるというよりはただ放置してあるだけの店内は外観より狭く、ごちゃごちゃとしていたが先ほどの声の主である少女は勝手知ったるとずかずか歩く。しかしどうやら客人でないらしく、霖之助がいる居間に向かってくる。目的は冷蔵庫らしい。そんな少女を一瞥し、霖之助は本のページを一枚めくった。
少女の外見は小柄であったが、似合わず男勝りな口調ある。しかし服装はなかなかかわいらしい。首から胸元かけてフリルがあしらわれた白のブラウスに、魔反射の効能をもつベオウルフの毛を網込んで作った黒のサロペットスカート。柔らかいパニエで膨らんだそれは、そこからすらりと伸びる脚を幼く見せていた。くるりと回る度に、ふわりと白のエプロンが舞い上がる。
モノトーンで統一された姿は地味にも見えたが、肩まで届く金糸の髪は目を見張るもので、服の暗さをうまく上品に変えている。
そして何より少女はとびきりの美少女だった。少しつり上がった瞳が気になるものの、もし霖之助が少女と初対面であれば、髪と服の色にこんな見せ方もあるのだと関心していた。残念ながら霖之助は昔から少女を知ってるのだが、
「魔理沙、何度もいうがここは僕の部屋でそれは僕のもので君は客人なんだけど」
「おう、とりあえず茶受けはいらねーぜ。今は喉か沸いてるからよ。後で頼む」
そう言うと少女は、――魔法使い・魔理沙は歯が見える程にかっと笑い、コーラ瓶を一気にぐいっとやった。
霖之助と魔理沙の付き合いは長い。
昔、霖之助は霖之助になる前に、霧雨家という大手道具店に師事したことがある。魔理沙はそこの一人娘だった。
魔理沙が生まれる頃には霧雨家から独立していた霖之助だが、その後ちょくちょく関係を続け、魔理沙が霧雨家に勘当された今でも続いている。
「香霖。そろそろこたつ出さねーか?ここ吹き抜けで寒いぜ」
「開けてるんだよ、お客さんが入ってくるようにね。それに炬燵ならそこらへん探したら出て来るさ。ただし店内では使うなよ」
「どーせ誰も来ねーよ。それより何読んでんだ私が来てやったのに。本閉じてさっさとおかわりと茶受けだせ。お茶は焙じで菓子は練りきりな。出涸しなんて許さねぇ。ほら三秒以内に用意しろ」
「……いつもの棚の上から3番目に全部そろってるから自分でやれ。ただし一番上のみたらしに手を出したら追い出すからな」
「ちっ役立たずめ」
ぺっと舌を出す魔理沙だが、彼女がそんなに腹を立てていないことを霖之助は知っている。ぱたぱたと去っていく後ろ姿をぼんやり見つめ、いつの間にこんなに大きくなったんだろうと小さく呟いた。夢の中の少女は霖之助の腰ほどもなかったのに。
師匠の娘だからといって魔理沙に甘い顔を見せることのない霖之助だが、傍若無人でジャイアンを地で行く彼女の我に勝てたことなんてほとんどない。元々争い事が苦手で、耳元でギャンギャン言われるくらいならハイどうぞと投げてしまうきらいのある霖之助は、神経が図太く遠慮のない魔理沙と相性が悪い。同じく店の品物を勝手に持っていってしまう霊夢とも相性が悪いが、両者ともに苦手意識がある訳ではなかった。
きつい文句も拒絶もないものだから二人は助長する。一度魔法具の類いが全て持っていかれ、生活が成り立たなくなったときもあったがその時も霖之助は大して憤慨しなかった。またやられると困るが、要は慣れだ。魔理沙が店に来る事も、霊夢が商品をかっぱらうことも。もちろん霊夢のに関してはツケ扱いである。払ってくれるかは別にして。
「……」
「おーす、茶淹れたぜ……ってなんだよ」
もきゅもきゅと先に茶菓子を口に入れて魔理沙は戻ってきた。両手に一つずつ持った湯飲みとマグカップ(魔理沙が湯飲みで霖之助がマグカップを使用している)からは湯気が出ており、ついでに香ばしい香りもする。
「ありがとう、でも歩きながらものを食べるな」
「感謝に遠慮はいらねーぜ。盛大にやってくれ」
尊大な口を叩きながらマグカップを差し出す姿に、昔は兄と呼ばれていたと思い出す。
(感傷だ)
先ほどの夢がまだ引きずっているのだろうか。霖之助は舌打ちをしたくなったが、目の前に魔理沙がいるのでやめた。それにしても懐かしい夢だったと思う。たぶん森近を名乗り始めて幾分か経ち、比較的穏やかな時間が流れていた頃だろう。
――彼女を忘れ始めたぐらいだ。
今は出無精の内向家の霖之助も心荒れた時期がある。それが現在でないなら構わないと思う霖之助だが、幼い魔理沙は見事にバッティングしてしまった。
忘れていた癖に、と過去を振り返りながら霖之助は思うが記憶の中の自分は愚かでしかない。好きなのか?と尋ねてきた幼い青に、好きじゃない。と嘘を付いた。
嫌いなのか。幼い魔理沙は今の魔理沙より遠慮がなくしつこい。好きじゃないと言っているでしょう、と大人気なく返す霖之助も幼かった。話題の人間はとっくに土に埋められているのに。
老いた女なんて醜いだけですよ。なら兄は醜いものが嫌いなんだな。違いますよお嬢、
じゃあ、何が
「おい、いらねーのか」
ぱっと顔を上げるとマグカップを差し出したままの魔理沙が不思議そうに霖之助を見ている。
「……ごめん」
彼女はいなくなった。香霖の時間の長さに追いつけなくなり、消えるように息を閉じた。
霖之助が生きる10年も彼女が生きる10年も同じだったはずなのに霖之助は後悔した。
人が嫌いというわけではないし、繋がりを断ちたいなんて思っていない。ただ、誰かと寄り添い生きるには、霖之助の時間は長すぎる。
――魔理沙なら。魔理沙程の器なら人間から魔法使いになれるかもしれない。と阿求は言った。
努力だけでは養われない魔力とセンスを思えば、転化は難しくはないだろう。記憶の中でくすくす笑う少女に、霖之助は顔に不快を出す。
そんな霖之助を見て魔理沙は驚いたようにマグカップを揺らしたが、憤慨したように畳に直接それを置いた。なみなみと注がれた茶は水面を揺らし、湯気と共に少し零れたが、霖之助は魔理沙をじっと見つめている。厚い眼鏡の奥にある色が何を唱えたいか、魔理沙には理解出来ない。
「香霖?」
「……もう少し」
こんな情けない声を上げたのは久しぶりだな。と霖之助の頭の中にいるもう一人が笑う。苦い笑みだった。
「もう少しだけだ、魔理沙」
香霖は魔理沙をじっくり見て、それからゆっくり逸らした。香霖から見た魔理沙は、霧雨家にいた頃の魔理沙と勘当された魔理沙、今近くに在る魔理沙と大して変わらないはずだ。魔理沙から見た自分もそうなのだろうと香霖は納得し、香霖は目を閉じた。
その時の魔理沙の、見捨てられた、突き放されたような――大きく開かれた青い目を見ていれば何か変わったかもしれないが、香霖はそれを見逃した。香霖が見逃したように魔理沙もまた、香霖の手がいつまでも魔理沙から離れないことに気付かなかった。
美しいものが嫌いなわけではなく、かといって醜いものが否なわけでもない。霖之助を置いて変わってしまうものが嫌いなのだ。でも、
「魔理沙。たぶん僕は君のことを嫌いにならないよ」
人間という生を全うし、その過程で霖之助を置いていってしまっても、今の美しさが掠れてしまっても。
「……香霖、お前さっきからなんか変だぞ。悪いもんでも食べたか?」
「夢見が悪かっただけさ」
「寝てたのか、ダメな奴だな」
「自覚はあるさ」
香霖に詰め寄る魔理沙の小さな額をぺいとやり、魔理沙が注いでくれた茶を飲んだ。長い時間が経ったとみえたが、大して冷めておらず美味しく飲めた。
「……美味しいよ」
「そーかよ」
眼鏡の奥で笑う霖之助に、魔理沙はそっと腕を絡め肩に頭を置いた。それが魔理沙の機嫌が悪いことと知る霖之助は、左腕を魔理沙に預けたまま、マグカップを置いて、膝の上に乗せた本のページをゆっくりめくった。
かくして。目覚めの良くなかったの香霖の気分は魔理沙にてなおったが、香霖のせいで機嫌を損ねた魔理沙はしばらく経ってもなおらなかった。
香霖は確かに半永久といえる肉体と生命を持っていたが、必ずしも生まれおちた全員が老成を成し遂げることがないように、寿命に比例せず女性経験が少ない香霖はこれからすねた魔理沙に振り回されることになる。
半妖、人間にかかわらず、男の鈍さは恋する乙女を置いていくのでいけない。
結論:書いている最中を思い起こせば、もう二人がいちゃついていればそれでいい。
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