最近周りでホモが流行っているらしい
「へー、結局鑑恭介とダンシングマンくっついたんだ、知ってたけど」
「ダンシングマンって……」
「いっつもダンスダンスうっせーっしょ?鑑恭介も鑑恭介で流されッから悪ーんだよ、傍から見てあんな真面目にいちゃつかれたら鑑恭介でも絞め殺したくなるね」
「……」
「伐の知り合いの右腕君?は上手く逃げてるんだっけ?出来るなら逃げつづけて欲しいね、男と女がいちゃついてんのでもムカツクのに男と男がいちゃついててしかも片割れが双子でどっちもホモなら余計にそれで知り合いだったら、ストレスで死んじゃうね、きっと」
「お前って、ホモ嫌い?」
「好きな男がいるのか?つーか見える?ホモ好きに」
「………」
君に恋しているといったら、殴られるだろうか
◆3毒シリーズ番外、~毒蜘蛛男と純少年①~◆
文化祭も終わった9月末
ここいらの町では一番ケーキが美味いと評判のオープンカフェ『デルフォンヌ』
その一番特等席とも言えるオープンテラスの右端の席、一文字伐は3個目のチーズケーキをもしゃもしゃと食べてながら考えていた
――冒頭文で語ったように今、一文字伐の周りでホモという男性間同士の恋愛事がはやっている
伐が知っている範囲でも二人、といっても自分の義兄で従兄弟なのだ
まぁ名前を挙げるとすれば忌野 雹と鑑 恭介
顔としてはあまり似ていない部類に入る双子の兄弟で(苗字が違うがそれは触れない方が良い)どちらも類まれなる美形でナルシストだ
まぁそれも理由に入るのか知らないが、(雹の方はあやふやだが)鑑恭介には彼氏と呼べる存在が居る
もちろん恭介は男だし、相手も男
自分や雹に較べると恭介は細い部類になると思うが、やはり恭介もかなりがっしりとした体を持っているのだ
其処らへんを含め伐にはわからないのだが、やはり双子という因果なのか、関係ないのか、何故か正反対に事が進む♂×♂の恋模様に血の繋がりは存在しつつもやはり従兄弟なのだからか、一文字伐は文脈にそぐわず一人平和に青春を謳歌していた
そこに舞い降りた毒吐きの嵐に遭遇する今、伐は考える
ケーキ食べ放題に釣られたのが悪かったのか、それとも団体行動嫌悪性の毒蜘蛛が話し掛けてきたことに警戒すべきだったのか
とりあえず自分に与えられた特典を有効に使おうと伐はイチゴのショートに手を伸ばすのだが、味がよく判らない
スポンジを噛むような感覚に飽き、ちらり、と目の前の男、通称毒蜘蛛を見てみたが蜘蛛は糸ではなくぶちぶちと文句を紡いでいた
「伐、お前はわからんかもしれない、そりゃお前は鑑恭介と一緒のクラスだけだからまだましだろう、しかし俺はダンスマンと同じクラスなんだ、腹立つほどに2年連続、これこそ何の因果だろうな、もしも神とやらがいて、その馬鹿タレの仕業なら髪の毛引きずりまわしてぇよ、まったく」
「……おう」
「一年目でも間違っていたしマズってたんだ、おかげで俺の平凡で普通で優しくちょっぽり戦争なスクールディズがいっぺん本格的にWorld War II突入だ、家が近いってだけで太陽受験した俺はアホだ、まったく」
「……」
「そんな訳でダンシングマンと同じクラスになったが故に、そしてホンのちょこっと仲が良くなっちゃった故に、おはようからおやすみの挨拶が何故か『恭介可愛いー』に変わり、毎朝毎日毎晩メールや電話、直接的な会話で知らなくていい鑑恭介情報から知ってはいけんだろ、それ、的な忌野家トップシークレットまであのダンシングマンの話題に上る、つーか何で俺だコラ、他に話題をぶちまけるだけの人間ならあの狭くてくだらねぇクラス内にいるだろボケナス、それにもしも何かあるんだったら本人にその情熱ぶつけて来いや死ね、と何度怒鳴ったか俺はわからん、『でも恭介さー雹が大好きで大好きでしかたないんだよ、…なぁ、近親相姦ってやばいよな』って言われても俺的に男が男に恋してるって部分でやばいんだよ、しかも何でいつのまにかライトに恋愛してんだよ、俺にはわかんねぇ、わかんねぇし、理解したくもねぇ、わかる?伐」
「おーう……」
ずずずー、と先ほど頼んだカフェオレの飲みつつ伐は適当に相槌を打った
普通なら冷静沈着な毒蜘蛛がこんなに飛ばしていたら逃げ出してもおかしくはない
しかし平和なマザコン男はいつまでも平和らしく、「今日は珍しく飛ばしてんナー」くらいにしか思っていない、そもそも危機管理がなっていない
故に伐はここで逃げる機会を失ったわけだが、何も言わない事にしよう
「去年の学年祭から今まで俺が伐にこうやって喫茶店で駄弁るの出来なかったのわかる?……まぁしたくねぇけどな、俺の放課後を誰かと兼用するなんて、……それもこれもあのダンシングマンが『俺と恭介とコーヒーの為だ!!』って帰宅部の俺捕まえて筋トレつき合わせたからだよ、おかげでアイツは林檎を片手で潰せるようになったらしいが、俺は電話帳を引き裂けるようになったぜ、片手で」
「……カップは割るなよ、店のモンだし」
「割れる自分が恐いよ、ったくあの恭介馬鹿め俺の細身のスレンダーボディとか弱い右手首返せ」
そう言って見せ付けるように細腕を晒す毒蜘蛛を伐は見つめる
――顔はいいんだよなぁ、口悪いけど
見ろと言われた腕を見ず、(ホントは手首だが)伐は毒蜘蛛の端正な顔を見る
なかなか見ないような美形だと思う
オープンテラスという目立つ場所にいるせいも有るが、公道を通り過ぎる一般通行人からデルフォンヌの利用客、そしてウエイトレスまで目の前の男に見惚れている
伐もやたら顔のいい従兄弟兼義兄&義弟が周りにいるから、よくわかるだが、ちゃんとした美形というのはこういうのを指すと思う
肩に届く黒髪を女のようなくくり方をして(雹の右腕と同じ)、肌は体育嫌い課外授業嫌いアウトドア嫌いつーか太陽ウザイという理念の持ち主なのでほぼ真っ白だ
物凄い偏食家で極度のベジタリアンでカフェイン大好き(今飲んでるコーヒーもブラック)、故に身体の線も細いし体もひょろい(今は筋肉ついたらしいが)
太陽の校風とは珍しく達観したようにクラスメイトを見下す様は恭介より雹寄りのタイプの美形だ
つまりは好意を寄せる女子も熱血でクラスのはみ出しモノにこそ友情を求める男子にも毒を吐いて撃退するそんな感じで付いたあだ名は毒蜘蛛男
勿論出る杭は打たれるし、熱血青春友情太陽学園にも虐めは在る
どれだけ優秀な風紀委員長が目を光らせても駄目な物は駄目で、偏食家でベジタリアンの毒蜘蛛は体格のやたらいい太陽の男子生徒に屈するしかない
まぁ屈しないのが修正不可能なほど捻くれた毒蜘蛛でどれほど聞くに堪えない陰口を叩かれようと、幼稚で見る価値がないねちねちとした虐めにも屈せず、ただ達観したようにクラス全体を見下していた
しかしどれほど精神面が屈強であろうとも、次第に酷くなる身体の青痣や裂傷に肉体は限界寸前だった
元々頑丈でも屈強でも無いもやし君な身体である
後少し、後少しでぶっ倒れそうになる、そんな時に助けたのが、伐だったりする
「……あ゛?お前なんでコッチ見てんの?俺が見ろっつったのは俺の可哀想な右手首、ホラ、こんなにぶっとい」
「いや、無茶苦茶ほせーよ、ホラ、俺掴めるじゃん」
「いっ!……テメーぶっ殺すぞ、お前力つえーんだから痕のこんだよ、アホ」
「だーかーら、ちゃんと飯食えば筋肉付くんだよ、今度俺んち来いや、一人暮らしよりスッゲーまともな飯食わせてやるよ」
「ヤダよ、そんとき右腕君とダンシングマンいたら俺吐き気する、それに男が6人も居たらむさい」
「そうでもしねーとお前飯喰わねーだろ、いいから、決定な、コレ」
「け、うざー」
汚い靴に踏まれていた体を起こして、血と泥と砂に塗れたその体を洗って、着替えを用意して、家に招待させて飯を食わせて、警戒心バリバリで毒吐く蜘蛛を布団に寝かせて泊まらせた、勿論シメてた奴等は倍返しとは言わず2乗にして返しておいた
――なんかね、俺アホだし、上手く言えねーけど
やっと寝付いて、それでも少しの音で目覚める蜘蛛に神経を使いながら、伐は困ったように笑う雹の右腕の事を思い出した
――ほっとけなかったんだよ、ボロボロで、傷入ってて、大変で
雹と、ホントにホント、初めて出会った時の事だけど大変だった、と右腕は笑った
右腕特有の柔らかい笑みがとてもよく似合っていた
――助けてって言う割りに、警戒心バリバリで、いや、言ってなかったかもしれないけど
指でコーヒーカップを優雅に持ちながら、右腕は笑う
(そういえば右腕もコ―ヒーはブラックだった、ダンシングマンはコーヒーが飲めないらしいが)
――ほっとけなかった、だから今傍にいる
そのとき伐は、女好きなのに何であのプライドが高く暴走癖のある世間知らずの頑固の男に奴隷のように付き従う理由がわからなくて、だから聞いたのだが、やっぱりわからなくて、へー、となんて事のない相槌を返した
しかし、それが今何故かわかる気がする
すやすやと、意外と可愛くなかった毒蜘蛛の寝顔を見ながら、あの時伐は思ったのだ
ほっとけない、それだけで一緒に入れるその本当の訳を
「……伐、俺の話をきかねぇのならケーキ奢らんぞ」
「あ、悪ィ悪ィ」
「どーだか」
それから
対人嫌悪性の毒蜘蛛はまずは伐と交流を持つようになり、それから伐の周り恭介やひなたと交流を持つようになった
これで少し破改善されるかと思ったが、恭介ラブのあの男が何を勘違いしたのか毒蜘蛛を恭介の親友と勘違いして色々あった(諸事情で大幅カット、彼に悪気はなかったことだけ弁明)事により、対人嫌悪が再発
結局、こうやって(極たまに)喫茶店に誘ったり、触れたり触れさせたりするのも、愛しの恭介とクラスが離れた為にダンシングマンの滾る欲望のはけ口にされる毒蜘蛛のストレス発散係も全部伐だけになった
短気な伐だが心は広く、根は優しいのがこうをそうしたのだろうか
まぁ、そんな訳で二人の関係は上手く行っている
「お前は彼女欲しくねぇの?」
「伐は欲しいのか」
「いや、恭介とか雹とか見てると……俺はいい」
「だね、俺もごめん、女なんてごまんと寄って来るけど全員ウザイ、それになんでかなー…、最近男も寄ってくんだよ、うぜー」
「頑張れよ……」
ホントは知っていたりする
毒蜘蛛は恭介を好きだと言えるアイツが羨ましくて仕方が無いという事
だから、その腕を振り払えない事
それは、もうちょっと間違ったら恋に相当する思いだという事
笑えない、そんな毒蜘蛛の横恋慕
まぁ恭介にはいい発破になると思うが、これ以上拗れさせるのはどうだろう
伐としても親友兼従兄弟兼義弟(まぁ本当は誕生日的に義兄になるのだが)の心労をこれ以上増やす理由も無い、だから黙っている
「俺は伐だけでいい」
「そうかよ」
いつか、消えればいい
今流されている恭介のように
このもそもそ蠢く蜘蛛からデッカイ毒が
雹に押し付けるのは、右腕に少し可哀想な気もするが
それでも、一応こっちには多大な迷惑来てるから戦争と反乱の恋の劇場は従兄弟達に押し付けておく
「なんだよ、伐、本気でケーキくわねぇのか」
「あ、食うぜ。ちょっと考え事してたからよ」
「似合わねぇ、馬鹿みてぇに似合わねぇ」
「そうかよ」
「……お前まさか、鑑恭介とダンシングマンに乗せられて変態してるんじゃねぇだろうな」
死ぬように暗い声を聞きながら伐はずずずー、とカフェオレを飲む
目の前には真っ青、とは言わないが、少し白い(いつもの事か)顔をした毒蜘蛛
別に食おうって訳じゃない
毒あるだろうし腹下したらイヤだ、バイトもあるし今はまだ健康第一だ
自分には雹のような全てをぶち壊しながら進む事も出来ないし、恭介のように流される気も無い、知らない間に不幸になる、そんな役割にいるのだ
「だったら、お前はどうする」
それでも、君に恋しているといったら、殴られるだろうか
いや、恋かはわからない、ただ一緒にいるのが心地いい
昔から熱血少年ほどクラスのはみ出しモノをほっとけないのだ
そう思って、今は覚悟する
最近毒蜘蛛も実力行使という言葉を覚えたし頬を張り倒される覚悟くらいは、と伐は身構える
「俺が恋してたらどうするよ、お前」
しかし頬はいつまで経っても張り倒される事もなく
毒蜘蛛の手の中のコーヒーカップは割られなかった
まぁ、誰に、と言わなかった伐も悪いのだろうが
毒が逆巻き、平凡が消える
反発するように恋が実り、愛が消えかかる
しかし、それはその話の主人公に任せよう
そんな訳で、街角にある子洒落た喫茶店
冷めたコーヒーカップと食べかけのケーキを鋏ながら向き合う熱血少年と毒蜘蛛
平和で平凡でのち戦争たまに反乱
そんな恋が、始まりかけていた、そんな午後の事
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