ゆっくりと腕を伸ばした瞬間、刃が喉を裂いた。鋭い痛み。一瞬時間が止まってそれから燃え上がった。ゴボゴボと排水溝に水が吸い込まれていく音がする。舌の上で唾液と鉄分が混ざって、胃の中にあふれ、せりあがる。気持ち悪い、
「あ、あああああアあ」
(いつか話しましたよね、何でしたっけアレ。たしか恭介さんが最近スプラッタに嵌ってるって言っていろいろ本から、双子でも環境が違えば貴方血とか無理なんでしたっけ。ダンヒラぶら下げてるくせに。血が怖いなんて、赤血球白血球血小板。でも恭介さんが好きだからって、怖いの我慢して自分も付き合って。ブラコンですかと当たり前のように突っ込んだら、ダンヒラが制服のボタンをかっぱらっていった。血が怖いんじゃないんですか、手加減してるからいいんですか、何満足そうなんですか、腕があがりましたか、ふざけんな、はい調子に乗りました)
「あ、ああああの、お」
(それにしても集めましたね。てゆうか私物持ってきていいんですか、しかも生徒会室にぶちまけてあふれ返ってるじゃないですか、いいんですか、生徒会長なら、もしかしてこの人体模型もアンタのですか、九郎がびびってたんですけど、ああ恭介さんのですか、何でここにあるんですか。お願いですか、このブラコンめ、いや何も言ってません、それにしても集めましたねこんなにたくさん、せっかくですから視聴覚室のモニター使って何か見ませんか、羊たちの沈黙にSAW1.2.3パニックルーム、バイオハザードまで。ジュラシックパークとか有りですか、血が飛べばいいんですか、いいんですね、んじゃバイオ見ませんか、見ませんか、怖いんですか、じゃなんで見るんですか、恭介さんのためですか、さいですか、でもなんで視聴覚室に行こうとしてんですか、二人きりになるんですか、今も二人きりですけど、無表情でも目はキラキラにして何を期待してるんですか、熱い視線を送らないで下さい、意味深に手を絡ませないで下さい、別に行ってもいいですが変なことはしませんよ、出来ませんよ、しませんってば!つか自分のキャラわかってますか、ウエイトも身長も筋肉のつき具合だって貴方の方が上なんですけど、貴方の望むことなんて何一つ出来ないんですけど、つか何を望んでるんですか、ナニですか、無理です、迫っても無理です、ごめんなさい、すいませんでした、許してください、照れ隠しじゃありません、顔が近いです、美形なのはわかってますが貴方に万が一にもありませんが手を出したら恭介さんに殺されます、レベル1でラスボスを敵に回す自信はありません、まだ死にたくないです、生きながらにして地獄を味わいたくないです、貴方の嫌いな血だって飛びますよ、いいんですか、いいんですね、俺は嫌です、貴方を襲えません、チキン野郎と罵っても構いません、むしろチキンです、鶏です、ヒヨっ子です、おいしくありませんよって何その舌打ち)
いつか貴方が唯一縋った初めての夜。一人で死にたくないと言っていた事を未だに覚えてる。
腕の中で響く声も指先に流れる白い髪も所々破れた制服の温かな体温も白い皮膚の下を流れる切り裂かれた証も流れる血も涙も、
お互いの名前も知らなかったあの頃、ホモみたいに寄り添い合った感触が気持ち悪い事にまだ忘れられない。
(リストカットというのはあまり自殺に適さない)
そういって貴方はその奇抜で奇妙でなのにどうしてそこまで似合うかわからない紅の制服の袖を捲って、真っ白で傷ひとつ無い綺麗な手首を、白の手袋を嵌めた右手人差し指でついと撫でて、
(ここを軽く切っても手静脈が切れるだけで、すぐ血は止まる)
とん、と指の平で手首を押す。
(動脈はもっと深いところにある。切れない事もないが、がその際には腱と手首中央を通る正中神経まで切ってしまい)
すぱ、爪で跡を塗る。
(痛みを伴う)
痛いのはいやですねー、と言うと貴方はそうだなと言って、
(そもそも自傷というのは気付いて欲しい願望の)
(本当に自分自身を)
(首筋、大きなどうみゃ、く)
(しかしヒトのからだは、自身を守るために)
(肩に、近づクほど肉も厚い)
(鋭い刃もの、めいかくな、い。し)
「勿体無い、こんなに綺麗なのに傷つけるなんて」
「………」
「………変な意味じゃないから、そんな目をしないで下さい、痛い視線が痛い、ちくちくする!」
貴方は、
「し、死にたくない、しにたくないしにたくない、俺しにたくな、たすけ、たすけいたい、いたい、いたいよお」
「お、m」
「ひ、ひひょ、いいたい、、どうしてああああああ」
「醜ィ
(貴方に対する絶対的な信頼がどこかにあったけどそれは俺の中には無かったどこか遠くを見る貴方はいつでも幸せそうに片割れに寄り添いながら楽しそうにいきていてそれが俺には酷く、でもあの日消えた残像が貴方の中に無いとは思っていたけどどうしても貴方が好きでそばにいたい、貴方はあの日以来死ぬとか死にたいとか殺してとか自殺とか言わなくなったけど何処か諦めがあって、たぶん自分は死ねないんじゃないのかなとか思ってんのかなこのひととか当たり前のことを当たり前に思えない貴方は俺より馬鹿なんだなと思いつつも笑顔で、でもそれはないだろう抱)
「らいぞウ」
喉が痛い。どくんどくんと全身が煩い。
横向けに倒れたからだらしなく開いた口から唾液が、喉からあふれた血液が。このままあふれ出る血液を全部飲み干してしまえば俺は生きることができるのか。
多分無理、だって喉が壊れてる。リバースリバースリバース。メビウスの輪。なんか尻尾食い合ってる蛇。いたちごっこにブラックバス。
(本当に自分自身を傷つけ死にたいのなら頚動脈を切ればほぼ死ねる。首筋の大きな動脈がその典型的なものだ。しかし人の体は自身を守るために作られている。頚動脈は皮膚の奥にあり、肩に近づくほどそれは深い
。人間の腕力では皮膚は切れても肉は切れない。一番薄いのは耳の裏だが切りにくいだろう。あと頚動脈は即死性を言われているが、3分ほどなら脳に血液がいく。基本的には鋭い刃物と明確な意思が必要で)
(何でそんなに詳しい)
(趣味だ)
(………、今からアパート帰っていくつかDVD持ってきます。ジブリ計がいいですねー、トトロに耳を澄ませば、おもひでぽろぽろ、山田君はジブリでしたっけ?まぁもののけ姫とかは無しで)
(おい)
(もっと明るいもの見ましょう、楽しい奴、血とか無い奴)
楽しいことを一緒にしましょう。
そういったら雹は、俺にそっと近づいて。
楽しかったこと、俺としましょう。もう貴方がそんなこと考える暇なんて無い様に時間つぶしの暇探し。
もっともっともっと、貴方の傍で、貴方の傍にいたかった。
………や、別に、えっちい意味はないんで、プラトニックプラトニック、ってチャックに手を伸ばさないで、脱がさないで、セーラー服だって脱がしちゃ駄目で、もっていっていいけど、俺は学ランですからあああ、ああ
(結局、トトロでボロ泣きして)
(兄さんを泣かせたと恭介さんが乗り込んで)
(本気で血の海)
(誤解といたらといたで、日曜恭介さんのご秘蔵マニアックDVDの試写会に呼ばれ)
(泣きそうな伐と怯える雹にはさまれて、これが委員長ちゃんとひなたちゃんだったら)
(つかなんで恭介さん、脳髄弾けるシーンで爆笑してるんですか)
(俺はレクター教授より恭介さんが怖)
あ、三分。
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