花に関わらず、時の流れなどあっけないもの
脇腹を少し深めに刺しただけで死ぬあの二本足の動物の儚さと同じように
しかしここまで柔いと困ってしまう
氏政様が悲しまれる
小田原城の奥にある氏政様のお庭
そこに在る一本の桜
まだ朝露が葉を濡らすというのに開いた蕾
氏政様が楽しみにしていた甘いにおいを出す前に
雹とも思しき堅い雨に打たれ、花弁は一つ残らず夜に落ちてしまった
「惜しいのぅ」
庭先を見る瞳
この潰れた眼(まなこ)に映らずとも、細くなっていく瞳に哀しみが浮かぶ
まだ寒い縁側、羽織るものをと差し出した腕がいつものようにありがとう風魔や、と笑顔で取られる事もなく宙に止まる
私は悲しい、貴方に見てもらえない
今、貴方の瞳に映る庭先の憐れな木の塊
貴方のもので無ければ切り裂いてやろうと思う
「せっかく早い春を味わえると思ったのじゃが」
溜め息と呟き
瞳には春を奪われた桜
――嗚呼、氏政様氏政様
私の主、この世で唯一の人、神
そんな哀しい声をしないでください
私は貴方が好き
貴方の柔らかい声が好き
貴方の総てが好き
貴方は私の主、神
目を潰され喉を焼かれ、私が感じる事が出来るのは貴方の気配と影と声
嗚呼どうして私は昨日の夜あの憎い雨雲を切り裂かなかったのでしょう
貴方の憂いなどこの世からなくなればいいと
貴方の鬱などこの世から消え去ればいいと
それを滅すのが私の至上の役目なのに
嗚呼氏政様氏政様
どうかこの薄汚い無能な忍びを罰してください
二度とこの様な失態をおかぬようにきつくきつく罰してください
貴方の手を煩わせるこの忍びは馬鹿です阿呆ですどうしようもない屑です
嗚呼氏政様氏政様
貴方の喜びが私の喜び
貴方の哀しみが私の
「この戦乱もいつ終わるかもわからん、この老いぼれの身が何処まで持つとも分からん」
小田原城の裏山に咲き誇る桜並木の蕾はまだまだ堅く
この庭先の狂い桜の一本が一番だと庭師が言う
しかしご先祖様の時にはこの庭にももっともっと桜が咲いていて
それは焼き払われたりして少なくなってしまったが
それでもこの桜は優美で月明りを浴び、輝く様には亡き父君も心を奪われた
そんな昔話をしながらたてた茶を飲み、団子でもつまみながら
「おぬしと花見がしたかった」
嗚呼雨雲よ
今度貴様を見掛けたら、いの一番に切り裂いてやる
卒業式SSを書いて居たらなぜまじょーに……?
(まだ続くかも脱兎)
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